
大学入学と同時に18歳で上京して、その後大学を卒業してからも東京で就職してずっと東京暮らしが28年間続きました。
その間は長野に帰省することも年1〜2回程度とまったく故郷長野とは関りを持たなかったんです。
今でこそおやきやさんですが、実はまったく畑違いの事務屋さん。 |
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そんな時に「私もずっとこのままでいいのかな?」って考えるようになりました。
先輩の男性社員は50代になってもキャリアアップして仕事に対する意欲や気力が充実し上昇していきますが、女性の私はどうなるんだろう?
女性は50代になると気力が萎えてくるような気がしていて、スキルがあっても会社での存在は下り坂に転じていくのかも?って現実との狭間で考えることが多くなりました。 |
そんな事を思っていた矢先に母が交通事故の加害者になってしましました。
先方の方はなんとか回復されて、今はお元気なのですが、母はその当時相当辛かったようです。
もう何もしたくないと言うほどかなりの落ち込み様でした。
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そもそも母が営んでいたおやきも辞めるって言い出す程でした。
ちょうどその頃に私の心の変化が重なって母も心配だったので長野に戻る決心がついたんだと思います。
そうして母に、「お母さん、おやき屋のあと継ごうか?」ってちょっと話したら、
「アンタ、そんなねー。アンタが考えるような簡単な仕事と違うんだよ」
「アンタの給料の1/5も儲からないのに平気なの?食べていくのもやっとなんだよ」って、現実はとても厳しくお金の稼げる商売では無いと言われました。
要するに「やめておけ」って事ですよね。 |
でもこのまま仕事を続けていても会社の歯車でしかない。
私が抜けても誰かが代わり、会社は連綿と続いていくんだと思うとやはり空しさを感じました。
だから母に「お金よりもお母さんの作るおやきを継いでいきたいだけ」と、言い続けました。
わたしは4人姉妹ですが、母のおやきを作れる娘はひとりもいなかったんですよ。
だから、なおさら私がって思ったのかな?他の3人はみんな嫁いでいましたしね(笑) 結果、母も渋々ながら承諾してくれたし、元気になってくれました。
でもわたしだけじゃなくて、一番下の妹までおやき屋を手伝うといって、会社を辞めちゃって。
母は承諾したものの、2人の娘がおやき屋になるなんて、かなり心配だったと思いますよ。
それから一年間は真剣に修行しました。
そして『ふきっ子のお八起』がリニューアルオープンしたんです。
おやきって『丸ナス』『野沢菜』が有名だけど、それだけじゃない。
私のおやきに対するコンセプトは『野菜を小麦粉で包んだモノ』なんです。
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野菜はその時の『旬』のモノだったり『家庭で使い切れない』モノだったりでいい、その野菜たちを包むのが『私のおやき』なんです。
おやきは地元に根付いた郷土食ですが、地元で今(現在)を生きてる人たちが「美味しい」と思ってくれるおやきを作ってみたいと思ったんです。
そのコンセプトで最初に思いついたのが『トマト』だったんです(笑)
それを『奇抜だとか』『キをてらったとか』『門外漢だとか』言われましたけど(笑)
でも「私の思い描くおやき」と言うカテゴリーからはちっともはみ出していないんです。 |
今の若者におやきを食べて欲しいから。
おやきから離れていって欲しくないから。
『野沢菜』『切干大根』『ナス』はなんか田舎くさいとか、何で今更おやきなの?って言う若者でも『トマト』なら食べたいっていうかもしれないじゃないですか。
おやきが好きじゃないっていう現代の人たちが、新しい味のおやきに遭遇して、おやきを見直してくれるかもしれないって思ったんです。
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おやきの間口は広ければ広いほど良いんです。
おやきはこの具じゃなきゃダメだって言えば若者のおやき離れが増えるだけでしょ。
『おやき』の間口を広げて『おやき』を好きになってくれて『おやきが好きな信州人』が増えて『おやきで育った子供』が『おやきの好きな大人』になっていく。 |
そして、やっぱりおやきは『丸ナス』『野沢菜』が一番と言う大人になる。
つまり『おやき原点への回帰』が私のおやきに対する根幹のコンセプトです。
だからこそ、信州人にとって『郷愁』であり『原点』である『丸ナス』や『野沢菜』のおやきは絶対に守っていかなければいけない大切な味だと考えていますし、それらおやきが誕生した時代には化学調味料や添加物なんて絶対になかったわけですから、『無添加のおやき』にトコトンこだわっているんです。
本場おやきの伝統を守っていかなければいけないっていう使命感は強いですよ〜。
とにかく「おいしい」って言われるおやきを真剣に作り続けたいだけです。
母の時代は、おじいちゃんやおばあちゃんがちょっとお茶請けにほしいと言って、ご近所から買いに来られるお客様がほとんどでした。
でも今は『新しいおやき』を提供することで客層もお子様連れのお母さんや主婦の方に代わりつつあって、20代、30代、40代の層が確実に増えています。
男性のお客様も週末とか会社の昼休みにわざわざ来てくれる様にもなりました。
お客様の年代層がドラスティックに変化していることを、作り手、売り手として感じています。
「おやきもまだまだ捨てたもんじゃないよ」っていう充実感ですね(笑)
つまり、見慣れたモノでも切り口を変えて提案することで、お客様の関心を呼び覚ますことができるんです。
私のおやきに対するコンセプトは間違っていなかったと思える日が確実に来ると信じてます。 |